ユーザー登録
文字サイズ

ちば市政だより 平成30年1月1日号

【特集】生誕900年 千葉常胤(つねたね)を知っていますか?

28/65

千葉県千葉市

今年は、千葉常胤生誕900年です。
千葉常胤は、千葉のまちの礎を築いた千葉一族の中興の祖と言われ、源頼朝を助けて、鎌倉幕府の成立に大きく貢献しました。千葉氏を鎌倉幕府の有力御家人にまで押し上げた常胤を、この機に改めてご紹介します。

千葉常胤のこと、知りたいワン!

■千葉常胤の生涯 年齢は数え年
平清盛や歌人の西行と同い年なんじゃ

1歳
元永元年(1118年)5月24日
誕生(父・常重、母・常陸大掾平政幹の娘)

9歳
大治元年(1126年)
常重、本拠地を大椎から千葉に移す

18歳
長承4年(1135年)
家督を相続する

29歳
久安2年(1146年)
父の代で失った相馬郡*の支配権を取り戻す
*現在の我孫子市、柏市、茨城県取手市付近

39歳
保元元年(1156年)
源義朝に従い、保元の乱に参戦

43歳
永暦元年(1160年)
平治の乱で源氏が敗れたのを機に、相馬郡の支配権を失う
(頼朝、伊豆に流される)

63歳
治承4年(1180年)
石橋山の戦いに敗れ房総半島に逃れた源頼朝に加勢する
(頼朝、鎌倉に入る)

67歳
元暦元年(1184年)
平氏追討のため、源範頼に従い西国、九州へ出陣
(平氏滅亡)

70歳
文治3年(1187年)
治安維持のため京都に派遣される

72歳
文治5年(1189年)東海道大将軍として、奥州合戦に参戦

73歳
建久元年(1190年)
頼朝の上洛に際し、後陣を務める

84歳
建仁元年(1201年)3月24日
死去

頼朝様のために、息子や孫たちとともに数々の戦に参加したんじゃ
一生懸命尽くしたから、ほうびとして東北や九州など各地に所領をいただき、千葉一族は全国に勢力を広げたんじゃよ

■人物関係図
桓武天皇

平高望(たかもち) → 平良文(よしぶみ) → 千葉常重(つねしげ) → 千葉常胤

平国香(くにか)

平清盛(きよもり) ←敵対関係→ 源氏
〈源氏〉
義朝(よしとも)

頼朝(よりとも) ←主従関係→ 千葉常胤

頼家(よりいえ)
千葉常胤 → 〈千葉六党〉 胤正(たねまさ)、師常(もろつね)、胤盛(たねもり)、胤信(たねのぶ)、胤通(たねみち)、胤頼(たねより)

■千葉常胤生誕900年記念千葉市・千葉大学公開市民講座 千葉氏と日本中世のはじまり
中世の始まりを生きた常胤を通し、千葉氏と中世について考えます。
日時:2月3日(土曜日)13時〜16時15分
会場:千葉大学西千葉キャンパス(稲毛区弥生町)
内容:
・講演「鎌倉幕府と千葉氏」
講講師:本郷恵子さん(東京大学史料編纂所教授)
・講演「千葉常胤の語られ方-軍記物語の世界から-」
講講師:久保勇さん(千葉大学大学院助教)
・講師らによるクロストーク
定員:150人
申込方法:1月15日(月曜日)必着。往復はがき(1通2人まで)に、必要事項のほか全員の氏名を明記して、〒262-0015花見川区宮野木台2-10-55(株)萌翔社内千葉氏講座受付へ。【Eメール】oubo@hoshosha.comも可。

問い合わせ:政策調整課 【電話】245-5660 【FAX】245-5476

<この記事についてアンケートにご協力ください。>

広告

※広告は一般社団法人オープン・コーポレイツ・ジャパンが掲載しているものであり、広報紙を発行している自治体とは何ら関係ありません。

〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町2-21-11 山竹ビル
協力 千葉市 〒260-8722 千葉市中央区千葉港1番1号